あの頃を思い出そうとすると、何かピンボケしたような、そして日に焼けて色あせたような映像が断片的に再生される。
別に悪い思い出があったから忘れてしまっているわけではない。記憶力がないだけだ。
薄れつつある思い出は、いつだって僕らの心臓をきゅっとつかむような、そんな切ない気持ちにさせる。
埼玉、ベッドタウンのマンション。ベランダが好きだった
あれは幼稚園から小学校低学年くらいの思い出なのだけど、埼玉県のよくあるベッドタウンの、これまたよくあるマンションの五階に僕ら家族は住んでいた。
父と母、2つ上の兄と僕。決して金持ちではないが、貧乏でもない、幸せなことに普通の家庭に僕は生まれた。近所のガキ大将にはいじめられたりしながらも、友達もいてまあそれなりに楽しく暮らしていたように思う。
思い返してみると、当時の父は多趣味で、休日にはバーベキューやキャンプ、釣りなんかを楽しんでいた。
年に何回かは秩父の方に家族でドライブし、ニジマスを釣ってさばいて焼いて食べていた。
僕の家には、そこそこ広いベランダがあった。マンションの給水施設のような何かが併設されていたから、変わった形状だったけれども、でも大人子供10人くらいは集まって、たぶんバーベキューなんかもやろうと思えばできるくらいの広さだった。
町が見渡せ、僕の通っていた小学校や、もっと遠くには今で言うさいたま市の都会的な街並みが望める。そんなによくは見えないけど、晴れた夜は星も見える。街灯にぼんやりと照らされた道があり、帰路につくサラリーマンや犬の散歩をしているおじさんが見える。お気に入りの場所だった。
はじめてのソロキャンプ
何がきっかけかはわからない。たぶん僕がなぜか、せがんだのだと思う。父がベランダにテントを張ってくれ、僕が一人で寝ることになった。
その夜のことは、正直あまりよく覚えていない。ただなんとなく、星がきれいな夜だったんじゃないかと思う。空を眺めて、眠りに落ちていった。
翌日、6時くらいに目が覚めた。テントの中が少しずつ明るくなっていった。外に出るわけでもなく、僕はじーっと、寝袋に入りながら、テントの天井を見上げていた。
その時に僕は、天井の一角に見つけてしまった。ある「顔」を。
「顔」
その顔は、僕を見て、悪魔のような笑いを浮かべていた。
僕は恐怖を覚え、しかしその顔から眼を離せず、くぎ付けになった。
金縛りにあったかのように動けない。
心臓の鼓動がエンジンのように強く、早くなる。
体温が上がり、汗が噴き出す。
小一時間ほど経った。その後の僕の記憶はない。
それ以来、僕の中で、キャンプは何か
「得体の知れない何かが現れる、おそろしいもの」となった。
怖くてしばらくは一人でトイレに行けなくなってしまうくらいだった。
今思い返すと、お化けとかそんなものではなく、
ただのテントのしわだった。
いくつもの夜を越えて
これが僕の記憶にある、はじめての一人キャンプの思い出。
ひとり眠ったその一夜、
キャンプは良くも悪くもドキドキする特別なものになった。
それから、林間学校での楽しいキャンプファイアーの思い出や、
友達と歩いて海を目指した「夜のピクニック」、
バイクとの出会いを経て、
夜のキャンプやアウトドアにだんだん馴染んでいくのだけど、
それはまた別の話。
最後になるけど、
今でもお化けは、ちょっと怖いんだ。