「深夜食堂」の圧倒的なブルーオーシャン戦略について語る

「深夜食堂」の圧倒的なブルーオーシャン戦略について語る

「深夜食堂」を見ていたら、「この店はひょっとしてものすごいブルーオーシャン戦略を実現しているのでは」と気づきました。そのすごさを解説します。

深夜食堂とは

深夜食堂とは、漫画が原作で、ドラマ化、映画化もされた作品です。繁華街の片隅にある深夜にしか開かない「めしや」の話で、そこではメニューは豚汁定食とお酒しかありません。みんな何を食べるかというと、思い思いに食べたいものをマスターに注文します。マスターは作れるものはなんでも作ってくれるんです。

よくあるグルメ漫画みたいに美食を追求するわけではなく、「あの味を再現して」みたいな無茶な注文が飛び出すわけでもありません。

たとえばこわもてのヤクザさんが「タコさんウィンナー」を注文したり、惚れた男の好きなものを注文するストリッパーがいたり、必ず決まってお茶漬けを注文する仲良し三人組がいたりと、鰹節に醤油をかけて食べたりと、そんな素朴な、人情ものな作品です。

深夜食堂のコミュニティをつくる力がすごい

僕は漫画は昔から読んでいたのですが、映画やドラマはamazonプライムで最近見ました。原作の雰囲気を残しつつ、より鮮明に具現化してくれています。名作です。

で、映画やドラマを見て改めて思ったのが、この「深夜食堂」の「コミュニティビルディング力」がすごいなあと思うのです。近くにあったら通って常連になりたい。そう思ったのは、きっと僕だけではないでしょう。

作品をまったく見たことがない人は、このトレーラーだけでもまずは見てみてください。なんかいい雰囲気が1分ちょいで伝わるはずです。

https://www.youtube.com/watch?v=pogd9Reb7AU

いかがでしょうか? 常連になりたい!! って思いません?

この店では、夜な夜な人があつまります。それは仕事終わりだったり飲んだ帰りだったり。好きなものを食べに来る人もいれば、誰かに会いに来る人、一人でしっぽり飲んでる人もいます。

恋や友情が生まれることもありますし、たまにはケンカになることも。この店で会った人との縁で出世する人だって、少なくありません。

なぜこんなコミュニティが生まれるのか。「フィクションだから」といってしまえばそれまでですが、映画やドラマをじっくり見ていると、「コミュニティデザインの妙」というと薄っぺらく聞こえますが、ち密に設計されたコミュニティを生む仕組みが確かにあることを発見したのです。

なぜコミュニティが生まれるのか? それは「物語が生まれる余白にあふれる『コンセプトの妙』がある」から

まず感嘆すべきは、この「深夜食堂」の舞台設定というかコンセプトが、とてもしっかり練られたものであるということです。

立地

店は新宿にあるという設定です。新宿と言えば、日本有数の歓楽街。だからこそ、東京中、いや日本各地から、様々な人が集まります。店に来うる人に多様性があること。これがおもしろいコミュニティを生む要件であることは間違いありません。

営業時間

ただし、この深夜食堂は、誰もかれも来れるような店ではありません。新宿にありながら、「営業時間」というフィルターでお客さんを自然と絞り込んでいるんです。

舞台は、深夜12時から早朝7時にかけてしか営業しない食堂。ランチタイムやディナータイムなら普通に腹を空かせた人が来店すると思いますが、終電もなくなる12時から開店する店には、何かしら「わざわざ 店をめがけて来る人」が多くなります。普通なら帰って寝るからです。だから、常連さんか、何かしら店にくる背景がある人が集まりやすい。

これにより、雑多な人がうごめく土地、新宿に店がありながらも、「わざわざ店をめがけて来る」という共通項がお客さんの中に生まれる。どこか仲間意識が生まれやすい種をまいているんです。

「好きなものを注文できる」という店のコンセプト

では、「わざわざ店をめがけて来る」理由とはなんでしょうか? それは、「好きなものを注文できる」ということ。

昼であれば他の店にいく選択肢もありますが、深夜は空いている店も限られます。そんなときに、「あの店にいけば好きなものが頼める」というのは、圧倒的にユニークなセールスポイントなのではないでしょうか。

物語のある注文をするから、店主やほかの客に覚えてもらえる

この店では、グルメ評論家がアツアツの白米にバターをのっけてしょうゆを垂らしただけの「バターライス」を注文したり、AV男優が子供のころから好きだったポテトサラダを必ず2皿注文したり、女優が焼きそばに目玉焼きをのせてもらい、子供のころの思い出をぽろっとこぼす……なんて光景がよく見れます。

直接聞かずとも、「なんであの人あんな注文ばっかりするの?」なんて聞けば、「あの人はね……」とマスターや常連がぽろっと教えてくれることも。

それぞれが自分の好きなものを語り、その背景をたまにこぼす。そんなことをしていれば、自然とマスターやほかのお客さんに覚えてもらえます。

そこに集まるのは「ただご飯を食べに来たお客」ではなく、「人生の一部分を思いがけず吐露しあっている人たち」になるのです。これ以上の自己紹介や自己開示はなかなかないはずです。

「コの字型カウンター」というコミュニケーション発生装置

この店のデザインで最も優れている点は何かというと、「コの字型のカウンター」です。必ず、どの席からも、だれが何を食べているかがわかる。会話が聞こえるし、隣り合った人と話しやすい。マスターとの会話にも割り込みやすい。

つまり、こういうことです。誰かがマスターに自分の好物を注文し、おいしそうに食べる。たまに思い出話が聞ける。そうすると、自分も食べたくなるんです。実際に、常連さんがはじめてくるお客さんの注文を見て「マスター、私も!」と注文するシーンが多くみられます。

そうすると、常連さんは単純につられて頼んだだけですが、初めて来たお客さんはどこか嬉しく、常連さんに受け入れられたように感じるはずです。ふと思い出話なんかしちゃったりして。そしてその話が泣けるもんだったら、店の中が涙に包まれます。

ときには煩わしく感じられることもありますが、座席がコの字型でなければ、こんな光景は見られないことでしょう。

自分が受け入れられた気がして、常連になる

このように、コの字型のカウンターと「好きなものを頼める」という仕組みから、暖かいコミュニケーションが生まれやすくなります。

そうして自分が受け入れられた気がすると、居心地がよくなり、また来たくなります。好きな食べ物も食べられるし。それを繰り返していくと、またみんなに覚えてもらえて、友達や顔見知りが増えます。常連になっていくんです。

そしてここで忘れてはいけないのが、通うたびに、毎回自分の好きなものを食べられていること。店に来るたびにプラスの感情をもって帰れるんです。そうすると、その店のことがどんどん好きになっていきます。

人が集まる理由になる

常連が増えると、自分の好きなものを食べに来るだけじゃなく、「今日はあの人いるかな?」と、人に会いに来るようになります。劇中でもよく、「誰々さんがいるかと思って」と店に訪れる人が多くみられます。

たとえ自分の好物が食べ飽きても、今度は誰かの好物を食べに来て、一緒に話して飲む。そんな楽しみ方ができるんです。そしてその楽しみ方は、この店じゃないとできません。この店だから会えるんです。

ネットやメディアでの集客には頼らない

劇中で、マスターは「星をつけるような客は嫌い」とし、ブログでの広報やグルメ評論家の来訪を嫌がるシーンがあります。常連を大事にしているからです。ネットでの評価やインスタ映えなんかを気にせず、独自路線を進んでいます。

深夜食堂は「常連発生装置」

これまで説明したように、深夜食堂は、「深夜ふと思い立った時に自分の好きなものが食べられ、それを繰り返している顔見知りや友達ができ、いつの間にか常連になれる店」という機能を有しています。

ネットやメディアウケなども気にする必要はありません。価値観を共有している常連さんで成り立っているからです。

かといって閉鎖的なわけでもなく、常連が新しく来る人を歓迎し、次の常連を生むような仕組みを持っているのです。

「早い、安い、美味い」とは一線を画する圧倒的なブルーオーシャン戦略

日本の飲食業が「早い、安い、美味い」を追求してきた結果、過当な競争と店側の疲弊が問題となっています。飲食店が 「早い、安い、美味い」 のレッドオーシャンで勝負するのは自殺行為、とまで言っても良いかもしれません。

一方、深夜食堂は、特に早いわけではありません。仕込みはしますが、お客さんの注文を聞いてから作り出すからです。

料金的には安めの設定となっていますが、お客さんは自分の好きなものを注文するとき、料金を聞きません。安いから頼むわけではないからです。だから、値段の決定権はマスターにあります。ちょっとやそっとの値上げではお客さんも離れないのではないでしょうか。

美味い。料理はうまいのだと思いますが、お客さんはどの料理も完ぺきに作ってくれることを求めているわけではありません。「深夜に食べたいものが楽しめるだけのクオリティ」を持っておけば良いからです。過度にうまさを追求する必要はないのです。

このように、深夜食堂は圧倒的なブルーオーシャン戦略をとっています。そしてこれは、偶然生まれたものではなく、しっかり考え抜かれたものであると思うのです。

おわりに

いかがでしたでしょうか? もうすでに一度深夜食堂を見たことがある人でも、ブルーオーシャン戦略に注目してもう一度見てみれば、新しい発見があるかもしれません!!

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