「関係人口」は、一刻も早く死語にすべき言葉かもしれない

「関係人口」は、一刻も早く死語にすべき言葉かもしれない

こんにちは、いしおです。

本日は、まちづくり界隈では特に注目されているバズワード
関係人口」について考えてみたいと思います。
この言葉、意味や本質を理解しないと危険だと思います。

関係人口とは

関係人口とは、その地域に住む定住人口とは別の、地域との関わりを持ってくださる人口のことです。定住まではいかなくても、その地域の産品を購入してくれたり、足しげく通ったり、地域と都会をつなぐようなイベントを開いてくれたりなど、様々な関わりをしてくれます。わかりやすく言うと、その地域の「ファン」と置き換えられると思います。

大きな特徴としては、「関係」とは濃淡であり、誰でも関係人口となることができる、という考え方です。間口の広さと関係というバリエーションの豊富さが挙げられます。

一度でもその地域のことに訪れて好感を持ったり、地域の産品を購入したり、その地域のことについて友達と会話したりと、その地域と何らかの関わりを持つことで、誰でも関係人口となることができるのです。

関係人口が注目される理由

この関係人口というキーワードが注目されていますが、それには一体どのような背景があるのでしょうか。

背景には地方創生における人口分散や移住定住推進の停滞が挙げられると思います。行政は地方創生を進めてきましたが、地方への人口分散が進まず、都会への人口集中のトレンドはまだまだ続いています。

そのような中、経済や文化活動を維持するために、定住人口以外の人に関わってもらうという考え方に注目が集まっています。

例えば、お祭りにおいて神輿を担ぐためには多くの人が必要です。しかし、その地域に定住してる人のみでは、必要な数を集めることができませんし、高齢化も進んでいるので、さらに難易度が高まります。そこで、近隣の集落や都会の人に、その時だけでも来てもらい、歓迎し、神輿を担いでもらうことで、地域の伝統行事が守られる、といったあり方に期待が集まっているのです。

他にも、ふるさと納税や地域産品の購入、地域版クラウドファンディングなど、地域外の人的・金銭的リソースを活用し、まちを良くしていこう、という考えが進んできているのです。

「関係人口」とは、「結婚を前提としない交際」を可能とする

この関係人口というキーワードについて、そもそもの概念や発想自体は素晴らしいものであると思います。

地域と人との関係を恋愛や結婚に例えると、「結婚を前提としない交際」を可能とするものであるからです。

これまでは基本的に地域に関わろうと思うと、多くのケースで定住が求められました。

移住定住推進の文脈でもよく語られますが、移住者、移住希望者、そして地域外のファン層は「お前、ここに長く住む気はあるのか」「骨を埋める気はあるのか」と聞かれることを非常に嫌います。まだお互いのことをよく知らない関係で、いきなり結婚を求められる、家に入ることが求められることが「重い」からです。

そうではなく、まずはお互い楽しい時間を重ねましょう、結婚を必ずしも前提としない関係をつくりましょう、そして何かしらお互いにとってプラスな関係になれれば良い、というような、自由恋愛的な発想が、関係人口という考え方です。必ずしも結婚が前提とされない関わりの中で、新しい未来が生まれることが期待されています。

「関係人口」という言葉の危険性とは

関係人口という言葉の一番の問題は、言葉の「冷たさ」にあると考えます

「人口」とは、血の通った言葉ではありません。
誰か大切にしたい相手のことを呼びかけるときに人口という言葉は使いません。

「関係人口」が大事にしたかった考えが損なわれる

このまま関係人口という言葉が独り歩きしていくと、本来関係人口という言葉が大切にしたかった想いが損なわれる結果になると思います。人と人との関わりがあくまで「機能性」という観点で語られることが多くなるからです。

機能性という観点で考えているといかに相手を利用するか、いかに相手を消費するか、という視点が高まっていくと思います。そこに本来大事にしたかった「関係」はありません。

地域側はおそらく、いかにふるさと納税をしてもらうか、いかに産品を消費してもらうかといったように、金を巻き上げるかという観点から人と関わるようになる気がします。

そして地域外部の人間は、関係人口の重要性を地域に訴え、やる必要のないイベントや無駄な特産品開発、大安売りの観光ツアーなど、やはりいかに地域から金を巻き上げ利用するかという観点で物事が進んでいくかもしれません。

「関係人口」というキーワードのもと、関係の消耗が進んでいく気がしてなりません。

割を食い、傷つくのは善良な地域内外の人々でしょう。

「関係人口」はあくまでスパイス

関係人口とはあくまでスパイス的な役割だと思います。救世主や福音にはなりません。関わりから何かしら面白い関係が生まれる可能性がある、それだけで満足すべきで、地域内の全てにおける地道な努力と改善という、まちづくりの根幹からは逃れられません。

魅力的な職場、良好な人間関係、美しく豊かな自然、子育て環境など、人が豊かに楽しく末永く暮らしていけ、子どもたちに残したいとも思えるまちをつくる。それを実現するのは今住んでいる人たちで、関係してくれる人は、あくまで自らが楽しみつつ、それらを手伝ってくれる存在、くらいしか期待すべきではないのではないでしょうか。

どうすれば良いのか

では、どのような表現をすれば良いのでしょうか。僕はこのようなセンスがないのになんとも言えませんが、やはり「ファン」や「サポーター」というような言葉の方がしっくりきます。手垢がついた言葉ですが、単純に好みや楽しみで関わっている、純粋な気持ちがあるように思います。

僕が前に暮らしていた、島根県隠岐の島、海士町(あまちょう)は、人口現象に悩まされる離島の中でも、珍しく社会増を果たした島です。

そんな海士町の山内町長は、ことあるごとにこのようにおっしゃっていました。
「海士ファンは絶対裏切らない」
「海士ファンを絶対に裏切るな」
産業や雇用の創出で注目される海士町ですが、それは本質ではないと思います。このような人を大事にする心根があるからこそ、海士は 移住者が多く集まる島となったのではないでしょうか。

「関係人口」という言葉が有効なケース

ですが、関係人口という言葉が有効なケースがあると思います。それは例えば、地域のまちづくりを考える行政や民間に「定住人口」という観点しかない場合です。マクロな事象を示す行政用語としては、「関係人口」という言葉はわかりやすく有効でしょう。

地域内外の人の力をうまく合わせ、かかわりしろを増やしながら町を良くしていこうという気概がある人が、あくまでこの言葉の冷たさも理解した上で関係人口という言葉を使うことは悪くはないのではないかと思います。

「関係人口」とは一刻も早く死語にすべき言葉かもしれない

本当に地域と人との良好な関係をつくる上で、「関係人口」という言葉に注目するフェーズは、一刻も早く脱出すべきかもしれません。関係人口という言葉の元、おそらく、以下のようなフェーズ遷移が今後起きていく気がします。

フェーズ1:定住人口しか重視されないまち
フェーズ2:定住人口に加え「関係人口」というキーワードが注目されるようになったまち
フェーズ3:「関係人口」の名の下、地域内外が消費されるまち
(外部が地域側を消費するケース:無意味なPR動画作成、イベント乱発、名ばかりコンサル、旅行商品の大安売り など
地域側が外部を消費するケース:ふるさと納税やクラウドファンディングの乱発、ボランティアや低賃金労働などの労働搾取、お金を巻き上げる方式の第二町民制度など)
フェーズ4:2,3が見直され、ようやくお互い消費しない関係をつくれる世界

フェーズ2,3を一刻も早く抜け出す、もしくは飛び越えるくらいの感覚でいたいものです。そのために、「関係人口」という言葉は、一刻も早く死語にすべき言葉かもしれません。

 

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