人間は「多面的」ではない

人間は「多面的」ではない

「答えのないこと」をあれやこれやと考えるのが好きなのですが、最近ハマっているのが「人間の多面性」という概念のアップデートです。

人は多面的なのか

例えば、「いつも明るい人」とか「誰に対しても優しい人」という人は実際はそれほどおらず、ほとんどの人が「大体のところ明るいけれども暗くなりがちな時もある人」とか「Aさんに対しては優しいけれどもBさんに対してはそれほどでもない」とか、相反する気質がバランス感をもって共存しているように思います。

このことを「人間は多面的」という風に表現しますが、ちょっと違和感あるなあと思っていました。

だって、多面体って静的なイメージですが、もっと人間の性格って動的な感じだと思うのです。

ある時はたまたま気前が良いけれども、また別のときはとってもケチになる人もいますし、昨日会った時にはとても穏やかな人だったのに今日会うと周囲にどなりちらす暴君のような人になっている、なんてこともあると思います。

だから、ずっと同じ面が存在し続けている多面体よりも、もっとふさわしい考え方があるのでは、なんてことを考えていました。

人は「電子雲」

そんなとき、「電子雲」の考え方を思い出しました。

僕らは学校で、原子の構造を習いましたが、それはこんなモデルだったはずです。

【出典】原子の構造!陽子・中性子・電子・原子核・質量数・原子番号の数と関係 | 化学のグルメ

原子核の周りを、一定の軌道でぐるぐると電子が回っている。そんなイメージを抱いたはずです。

ですが実際は、この電子の軌道はかなりランダム。一定の軌道を描いているわけではありません。電子がぐちゃぐちゃと3次元的に動いている中で、どこにいる可能性が高いかを確率で表現するほうがより現実的らしいのです。

【出典】コンピュータで描いた電子雲 (2次元的な描像)/概要説明

電子は絶えずぐちゃぐちゃと移動し続けている。ただ、「どこにいる確率が高いか」を確率論的に表現することはできる。

この考え方は人の性格を表現するのにぴったりなのではと。

電子雲は他の原子との関わりによって分布が歪む

さらに、電子雲の分布は他の原子との関わりによって「歪み」ます。

 気体状態で自由に飛び回る水素原子が,何らかのタイミングで衝突するとき,2つの水素原子間の距離とエネルギー変化は,図のように考えられる。
 曝された環境の熱で自由に運動している 2 個の水素原子が,ある距離まで接近すると弱い引力(ファンデルワールス力)が働く。
 さらに接近すると,互いの電子雲が重複するようになり,原子核の正の電荷と他方の電子雲の負の電荷に静電的引力(クーロン力)が働く。
 この段階では,それまでの球状の電子分布から電子雲の重なりによる分布の歪み(電子同志の反発)が生じ,それぞれの原子が持つ電子の間に相互作用が働く。


【出典】化学(電子の共有)|技術情報館「SEKIGIN」|電子軌道,原子軌道,分子軌道の成り立ち,電子雲の重なりや歪みを原子間の距離と引力(ファンデルワールス力,クーロン力)と斥力(クーロン力)での簡単な解説,2種類の水素分子(オルト水素,パラ水素)を紹介

色々専門的な話になってきますが、メタファーとして「他の原子との関わりで電子がどこに現れるかの分布が変わる」というのは、人間の性質を理解する上で大事な気がするのです。

多面的というよりも電子雲的

人間は多面的というよりも電子雲的だな、と思っております。それは以下のように考えるからです。

・人間の性格や気質は一定なものではなく、たえず変化し続けており、今この時点、ある状況下で前向きな確率が30%、後ろ向きの確率が20%……などと表現した方がマッチするのではないか

・原子の持つ電子雲の分布が他の原子との関わりによって変わるように、人の「性格や気質の現れる確率」も他人との関わりや環境によって変わりうるのではないか

こんな考えにはまって、むやみに一人興奮していたりします。

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