「自力更生の島」長崎・小値賀の宇々島(ううじま)がすごい

「自力更生の島」長崎・小値賀の宇々島(ううじま)がすごい

先日友人に会いに長崎県は小値賀島に行ったのですが、小値賀島の周辺にある無人島、宇々島(ううじま)の話がとても印象的でした。

その島は「自力更生の島」と呼ばれていました。

なぜそう呼ばれていたか。人がみんなで生きていくための叡智とも呼べる、「あるシステム」があったのです。

宇々島(ううじま)ってどこ?

こんなところです。

「島流し」ではない

宇々島は今では無人島ですが、かつては周辺離島から人が送られ、数年間人を島に送り、滞在させるような島でした。

そのように聞くと、「罪人が島流しされた」とか、「生きるのに辛い土地だから罰として送られた」ように勘違いしてしまいがちなのですが、そうではありません。

宇々島が「良い土地」だからこそ、人が送られていたのです。

自力更生の島

宇々島は、「生活を立て直す」ための島でした。隣島の大島からの生活困窮者の中から1,2世帯を選び、宇々島へ数年移住させていたのです。宇々島では家や田畑を利用することができ、そこで農業や畜産業などを営み、蓄えをつくることができました。住んでいる間は税や賦役も免除されたため、生計をまたたてられるようになったら出ていく……。そんなセーフティネットの役割を果たしていました。この仕組みは享保の大飢饉の頃から始まり、昭和30年代まで続いてきたそうです。200年くらいでしょうか。

誰か有力者が定住し土地を支配するのではなく、共同体としての共有の土地とし、「誰かのための場所」とした所に、人間の叡智を感じます。すごい。

「困窮島」は神話なのか

このような仕組みは、離島のみならず日本各地に見られた可能性があり、民俗学者の柳田國男氏により「困窮島」と命名されているそうです。同じく民俗学者の宮本常一氏によると愛媛県由利島がそうであったとされていますが、以下論文ではフィールドワークの結果、「困窮島ではなく移住開拓島」であったのではと指摘しています。

那須くらら「困窮島」という神話-愛媛県二神島/由利島の事例-」

僕はこのような救済システムのある地域は他にはわからないのですが、ただ「どこか別の土地に住み、借金を返して生活を立て直す」という物語は、現代でも残っているように思います(例えばマグロやカニ漁、住み込みの工事現場や工場で借金を返す、といったエピソードはどこかで聞いたことがないでしょうか)。だから、宇々島のような自力更生を目指す場所が他にあってもおかしくない。そう思います。

おそらく「恥ずかしい」と思うような気持ちは宇々島に送られる人にはあったでしょうし、偏見や差別は当時もあったかもしれませんので、宇々島の仕組みが全部が全部美談ですませられる感じではないかもしれません。だけれども、少なくとも、そのような救済システムを共同体で持っておくことは、生存戦略として賢い。そうは思いませんでしょうか。

現代版「自力更生の島」をつくろう

なんとなく都会から田舎に移住する人の中には、「人の居場所をつくりたい」と思う人が多い気がします。自身が傷ついたことがあるからかもしれませんし、どこか孤独感を抱えながら一人歩いているような孤独感からくるのかもしれません(かく言う僕もそのクチです)。

現実には色んなしがらみや難しさがあるのかもしれませんが、やっぱり田舎というのは心身が癒やされるような場所であり、とまり木のように少し休憩できるような、ちょっと休んでまた元気になって日々に戻っていくような場所であってほしいな、と願ってしまいます。

宇々島のような「自力更生の島」を、現代にあった形で再現していきたい。今回の旅行を通じ、そんな風に改めて思いました。

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