友に会いに行く~小値賀編~

友に会いに行く~小値賀編~

先日、長崎は小値賀島に訪れました。

友人に会いに。

なぜ会いにいくのか

オンライン通話も発展していて、

テレワークなども当たり前になってきていて、

「わざわざ会いに行く」ことの価値が

薄れているなあ、と思うことがあります。

 

「それわざわざ会って話す必要ある?」と

どこか思ってしまう時、皆さんにもないでしょうか。

 

だけど、合理性を追求するビジネスでは仮にそうだとしても、

友人関係では「会って時間をともに過ごす」という感覚は

少なくとも捨てきらない方が良いなあ、と思うのです。

 

なぜ会いにいくのか。

まっすぐなみちでさみしい、鉄骨渡りのような日々を

生きている中、同じように生きている友達がいる。

そのことを再確認したいのかもしれない。

 

まっすぐな道でさみしい鉄骨渡りの中に「生きていてよかった」そんな夜があること。

 

「御尊顔を拝する」という言葉が好きなのですが、

友達の顔というのは美醜にかかわらず尊いもので、

会って拝みたくなる時もあるのですが、

それはこの「まっすぐな道での寂しさ」が

根底にある気もしています。

 

もしくは、単純に好きな友達だからこそ、

彼ら彼女らがどのような空気を吸い、

日々どのような光景を目の当たりにしていて、

何を食べたり飲んだりしていて、

どんな人たちと共に暮らしているのか、

そういう人生のひとかけら、

暮らしのきれはしを

共鳴するかのように体感したい。

そんなつながりのニーズから

くる気持ちなのだとも思うのです。

 

だから、

観光地を巡るのでもなく、

美食に舌鼓をうつのでもなく、

何をするわけでもなく、

何を話すわけでもなく、

ただ会いに行き、

同じ空間で同じ時間を過ごす、

そんな旅があってもいいのだとも思います。

 

だから、

仮に北海道に住む友達を訪れたけれども

その友達が好きなものが

よりどりみどりの海産物なんかじゃなく

仕事終わりに庭で食べるカップラーメンだったとしたら、

カップラーメンを一緒に食べるほうが

僕らにとってはその地域らしい旅になりうるし、

 

住んでいる人がめったに行かないような

観光地をめぐるよりも、

どこにでもあるような2LDKのアパートの一室で

ストーブを炊きながら

ちびちびと酒を飲むような時間の方が

豊かな思い出として心に残ったり

するのだとも思うのです。

 

小値賀の旅で心に残ったもの

小値賀島での滞在は1泊2日と短いものでした。

ですが、帰ってきてから、

日常のふとした隙間に、

小値賀島のことを思い出す自分がいます。

 

朝食のパンを買いに、こじこじぱんへ。

パンにはバターや卵や牛乳を使っていないのですが、

パンやお店自体にどこかぬくもりを感じるのは、

きっとたとえばアレルギーの方でも

安心して美味しいパンを食べてほしい、なんて

他の誰かへのあたたかい気持ちを感じてしまうからかもしれません。

 

あたたかみといえば、

お世話になった友人夫婦の家の薪風呂。

人をおだやかな気持ちにさせてくれます。

 

宿にする予定で修繕中の家。

梁や柱に釘を一本も使わないのは、

木が熱や水分で収縮するときに

釘は金属製品だから木と同じように収縮せず、

ひずみが生じてしまうからだそう。

家も呼吸している。

 

街の一角。

雨水をためて鉢植えに。

 

小値賀に残る活版印刷所へ。

活版印刷はヨーロッパから世界中に大きな変革をもたらした

三大発明の一つ。

なんでしょう、心に残る「何か」があるのです。

大きな物語の中に生きていることを

感じさせてくれるような。

 

晋弘舎

OJIKAPPAN|小値賀島と活版印刷

 

 

夕食は漁港で買ったお魚。

5枚おろしを教えてもらいました。

 

僕はカマスを買って、

庭の焚き火で焼かせてもらう。

ホクホクしてとてもうまい。

 

歴史民俗資料館へ。

ここで、諸島の中にある「宇々島(ううじま)」の

エピソードを聞いたのですが、

これがすごかった。

その話はまたこんど。

 

二人が小値賀でお宿をはじめます

今回会いに行った友達、

はっしーとやみー夫妻が

今改修中の家で

2019年の4月から民泊を始めます。

 

名前は、「暮らしを育む家・弥三(やさ)」。

 

ぜひ、呼吸する家でのおだやかな暮らしを味わいに、

そして二人の顔を見に、訪れてみてください。

 

 

また来ます。

 

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